甦るアンデスの美術

 SPOT LIGHT > 甦るアンデスの美術 2011年4月

アメリカ大陸は、古代史の巨大な実験場であったといわれる。なぜなら太古から15世紀にかけて、外の世界とは隔絶された環境で、独立した文明・文化を発展させてきたからである。
 古代美術の観点から見ても、中南米のメキシコ、マヤ、アンデスに花開いた各文化は、強い土着性をもちながら、普遍的な美をそなえた、多くの魅力的な遺物をのこしている。
 そして、広大な中南米の古代美術の中でも、南米アンデス文明のそれは、特に変化に富み、華やかな印象を与えている。
 歴史的には、南米というとすぐにインカ帝国を思い出すが、インカの最盛期は15世紀、スペインによる侵略直前の約100年間にすぎない。インカ以前にも、南米には数千年来、多くの異なった文化が、各地で興亡を繰り返してきたのだ。
 また地理的に見ると、現在のペルーを中心とした南北約5000キロメートルの中に、海岸地帯、山の斜面、4000メートルを超える高地、砂漠、森林など、極端な環境の違いがあり、この変化は当然彼らの生活文化にも異なった影響を与えている。
 結果として、このような時間や空間的な多様性が、アンデスの古代美術品のスタイルに、百花繚乱の趣を添えているわけである。

アンデスの土器

 
アンデス一帯で土器がたくさん作られるようになるのは、紀元前800年頃からだが、そのスタイルは非常に大ざっぱに分けて、北方系と南方系に区分される。
 北方系は、チャビン、モチェ、シカン、チムーといった文化の流れに沿っている(アンデス文化史参照)。
 北方系土器の魅力は、何といってもその奇抜とも言えるフォルムの面白さにある。
 アンデス文明では長い歴史の中でついにろくろというものが発明されなかったため、土器はすべて手びねりや型いれの単純な技法によって作られている。このろくろを持たなかったという事実が、かえって作品の均一化や規格化を招くことなく、個々の創意や着想を大いに発揮できる素地となったようだ。
 北方系の土器では、あぶみ型壺という上部の首の部分が輪のような形になっているものが有名だが、その他にも、人物、動物、魚、植物、生活風景、神など、身の回りにあるあらゆるものを、ときにはリアルにときにはデフォルメして自在に形づくっている。
 一方、アンデス南方系の土器の特徴は、これとは対照的に絵付けの面白さにある。
 こちらは、パラカス、ナスカ、ワリ、イカといった文化の流れに属す。
 もちろん形のうえでの多様性もあるのだが、作品を見て最初に気付くのは、やはり多彩色による器面の絵画的表現である。モチーフは自然界や神話世界、幾何学文様など。平面的、デザイン的な表現でありながら、その絵付けは、地に足をつけた生活者の発する生き生きとした力強さに満ちている。
「ジャガー象形壺」 
チャビン文化(紀元前1000〜前500年)
「コンドル文様の壺」 
ナスカ文化(紀元前200〜後600年)
「2匹のエビの壺」 
モチェ文化(紀元100〜600年)

アンデスの織物

「鳥文様の縁飾り布」 
チャンカイ文化(紀元1100〜1450年)

アンデス文明の織物は、織り、染めともに非常に高い技術を誇っていた。過去に世界中で考えられたほとんどの染織の技術は、すでにアンデスで行なわれていたといわれている程だ。
 衣服や装飾品としての綿や獣毛(リャマ、アルパカなど)の織物は、アンデス全域の各時代に作られていたのだが、素材の性質上保存がされにくいため、特定の乾燥地域(砂漠)のものが片寄って多く残されている。よって今日私たちの目にする遺品は、そのほとんどが南部のナスカ文化か中部のチャンカイ文化のものである。
 これらの作品を見ると、その織り方、色、柄すべてが、土器の場合と同じように、非常に多くのバリエーションをもっているのに驚かされる。全く同一のパターンを発見するのが困難なほどだ。
 アンデス文明の織物についても大型のはたおり機はついに発明されず、単純な腰帯機のみが使われた。おそらくこのことが、手仕事による一点制作のすぐれた工芸作品を生み出すことにつながったのだろう。
 柄のモチーフは、自然界、神話的世界、幾何学文様などだが、緻密な構成のものから大胆なものまで、それぞれが単なるデザインとしては片付けられないすぐれた躍動感をもっている。

南米の古代美術が、その考古学的研究とともに注目されはじめたのは、20世紀の初頭。それ以来、次々ともたらされた遺跡や遺物の発見と紹介は、豊かな感受性と深い智恵をもった未知の芸術に接する、驚きと感動の連続であった。
それは、遥かな時間と距離を超えた 「アンデスからのメッセージ」 だったのである。

鈴木研児

※このページ内の文章、画像の無断使用を禁じます。本稿は雑誌「目の眼」(里文出版)1999年4月号に掲載されたものです。
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